世界というもの

アインシュタインは『神はサイコロを振らない』と言った」

 行きつけの立ち飲み屋で顔なじみのジェイくんにいきなりそう言われた。

「ああ、そうだね」

 私はそれだけ返して、大将に「生ビールとカップワインの白」をオーダーした。

「僕もそう思う」

 ジェイくんは自分のビールを飲みながら私に言う。

「全ての物理式を知り、計算できるような存在。僕ら人間より高次の存在ならサイコロなんか振らずに世界のすべてを知ることが出来るんじゃないかな?」

 ジェイくんはそう言うと塩の砂肝を食べる。

「あ、大将、ハツとタンと砂肝とカワ、塩で一本ずつ」

「ねえ、タナカさん、そう思いませんか?」

 私はこの店ではタナカと名乗っている。別の店ではナカムラだったりする。

「んー……ジェイくんの言っているのはラプラスの悪魔ってやつだね。アインシュタインの後、シュレーディンガーディラックの時代に否定された考えだ」

 私は生ビールを半分飲んだ。そこに塩味の四本の焼き鳥が並ぶ。

 カップワインを開け、ジョッキに注ぐ。

「タナカさん、いっつも気になっているんだけど」

 ジェイくんが私の手元を見ながら言う。

「ビールに白ワインってあうんですか?」

ビアスプリッツァーっていう古典的なカクテルだよ。私みたいな酒飲みはビールではちょっと物足りないんだ」

 ハツは焼きたてじゃないと美味しくないので一気に食べて、ビアスプリッツァーを流し込む。

「物事ってのは、知っているか知っていないかで見える側面が違う。私も決していろんなことを知っているわけではないけれども、それでも飲兵衛として楽しい飲み方くらいは知っているつもりだ」

 ビアスプリッツァーを飲みながら言う。

「あー、すいませんねタナカさん、うちは立呑なんでねえ」

 大将が申し訳無さそうに言う。それに首を振って答える私。

「いや、大将は懐が深いのよ。店に来て勝手にメニューにないものを作る私を出禁にしない。私がここで勝手に作るものはおそらく売れない。でも私の好みだ。それを否定しないだけでも私にとって幸せなことなのだよ……あ、塩クリームチーズと冷やしトマト頂戴」

 苦笑を浮かべ、大将は塩クリームチーズオリーブオイル掛けと冷やしトマトを出してくれる。

 私はトマトと塩チーズを一緒に食べ、ビアスプリッツァーを飲む。

「本当はバジルが欲しいんだけど」

「タナカさん、ウチは赤ちょうちんなんで、そういうのはトラットリアでお願いします」